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音を紡ぐ事。

人は、寂しい思いを知るためにこの世に生まれて来るのかと思う。
学生時代、ドイツで一人暮らしをしている時、そう思い始めたのを覚えている。慣れ親しんだ生まれ故郷へ戻りたいという種類の寂しさを感じた事は一度もなかった。おそらく日本に暮らしていても、両親や近しい人と一緒に暮らしていても、この心のど真ん中にある寂しさは同じように存在していたという確信がいつもあった。
寂しくないように、心が折れないように、その瞬間自分に思いつく解決方法を実践し続けて来たのだと思う。それが結局ピアノを続けてきた理由なのだと思う。

青空と地上の間に存在する鉛の壁のように重々しく分厚い雲と、そこから吹き出してくる冷たい雨や霧がその寂しさの原因なのではないかと思い、全く雨の降らないスペインに移り住んでもみた。
雲一つなく何ヶ月間も一滴の水さえ降らずに晴れ続けるスペインの青空は、まるで宇宙に直結してそのまま糸が切れて果てしなく飛んで行ってしまいそうな猛烈な孤独感と頼りなさがあって、それはそれで寂しいものだと知った。

そんな時に出逢ったフラメンコの唄は心に響いた。人同士が、音楽という糸を類い寄せながら孤独という海に溺れ死なないようにまるで命綱のように握りしめ引っ張り合っているような音楽だと感じてならなかった。
その後暮らしたキューバもそうだった。電気も燃料もろくに物資がない上に、街や国を出て思い描く夢を実現するお金を手にする手段もない時代だった。そんな彼らの中で奏でられる音楽は、煌めき爆けるような希望と豊かさに満ちた異次元の世界から降ってくる光のようで、その音の波動の中に身を委ねるだけで寂しさも怒りもたちまちに解けてなくなってしまう不思議なパワーを秘めていた。

「寂しくない方法」を探り続けて生きているが、今もその状況は昔となんら何一つ変わらない。

少し前、想像もしていなかった別れがあった。
私の年の半分ほどの若い、幼い頃から見つめてきた家族のような存在の突然の死だった。しらせを受けて一人暮らしをしていた学生寮に駆けつけると、彼女が肌身離さず身につけていた帽子がテーブルの上に置かれ、その横に作りかけの料理がお鍋やフライパンに残っていて、齧りかけのお好み焼きまでお皿に乗っかっていた。冷蔵庫には丁寧に下ごしらえした野菜やビールがギッシリと詰まっていて、ついさっきまでこのキッチンで料理していた食いしん坊だった住人が「ミネさん。お野菜、勿体ないから捨てんとお料理してや」と言っているようでならなかった。思わずその作りかけの料理の続きを作って、彼女が買いだめしていたビールも冷蔵庫から出して集まった家族と食事をしたのだった。
その時、いつも心の真ん中にあった寂しさが一瞬だけ姿を消していた。

切り裂かれてヒリヒリするほど心が痛む時、同じ痛みを感じている人がいるとするならば、その人の気持ちを分かる事ができるかもしれないと思える喜びが自分にとって音を紡ぐ原動力になっている。

  • 2018年07月03日(火)15時47分
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