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中部経済新聞連載「マイウェイ」第15回

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キューバ行きを即決

衝撃のコンサート
スペインで暮らし始めて1年目の初夏に転機が訪れた。偶然に通りかかったライブハウスで、チューチョ・バルデスというキューバ人ピアニストのコンサートに出会ったのだ。雷が落ちるような衝撃を直感した。
このコンサートでの出会いは、私の人生に大きな影響を与える出来事になった。それまではキューバという国、キューバのラテンジャズやサルサという音楽ジャンルも知らなかった。しかし、このキューバ人ピアニストが奏でる音を聴いた時、「この音が鳴る場所こそ、私が探し求めてきた音楽がこんこんと湧き出ている世界に違いない」と確信した。
チューチョのピアノの音は、爆発的な喜びと躍動感あるエネルギーに満ちていた。聴く人の体内の細胞の隅々まで全てを照らすように振動させる巨大花火のようでもあった。その音は素直で美しかった。調和がもたらす響きは音を超えて、風のようだった。
チューチョのピアノ演奏は、当時の私が学んできたこととは根本的に違っていた。彼は、楽譜やピアノの鍵盤といった些細なものではなく、そこにいる聴衆たちそのものと向き合っていた。彼自身も聴衆と一体となって、まるで一緒に音の波に乗って遊んでいるかのようだった。
チューチョと当時の私の音楽はまるで反対だったのだろう。当時の私はピアノを十字架のように重く背負い演奏していた。一方、チューチョの演奏は自由だった。彼は自身の音をピアノという手段を通して鳴らせているようだった。
偶然に通りかったこのコンサートが終わった頃、私はすでにキューバに引っ越すことを決心していた。そして「いつかこのピアニストと共演をする日が訪れる」と信じていた。
それから間も無く、マドリッド音楽院を卒業した。キューバ行きに向けて本腰入れて動き始めたが、その当時、私とキューバとの間には、なんらの関係もなかった。
そこで相談を持ち掛けたのが、学生仲間だったキューバ人作曲家だった。キューバ行きのきっかけをつくるために、彼が作曲した「誰も弾きたがらない極めて難解な曲」を弾くことを約束した。その交換条件で、中南米で最も大きいとされるキューバ国際現代音楽祭で演奏する仕事を取り付けた。やや強引ではあったが、気づけば私はキューバ行きの飛行機に乗っていたのだった。

  • 2023年03月18日(土)01時50分
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