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中部経済新聞連載「マイウェイ」第30回

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野外に無音室を感じる静粛の美しさ

ボリビア・ウユニ塩湖
この世で最も美しい音は静寂である―。南米ボリビアの西部にあるウユニ塩湖を初めて訪れた際、こう感じた。
ウユニ塩湖は、今では世界中から多くの観光客が訪れるボリビア屈指の景勝地になったが、私が初めて訪れたときはまだそれほど知られた存在ではなかった。アンデス山脈が海水を抱えたまま隆起して、標高3700メートルに達してできた塩湖だ。乾季には水が蒸発して地平線まで真っ白な塩が雪原のごとく広がる。一方で雨季になると水がたまって湖面が鏡のようになり、空や星を映し出す。
ウユニ塩湖は鏡のような状態が人気の観光地のため雨季になると観光客が押し寄せるのだが、私にとって最高のシーズンは誰がなんと言おうと乾季である。水が干上がる際に甲羅状に盛り上がりながら固まる塩が、一切の音を吸収するからだ。全方位360度パノラマの野外に、完全無音室にいるような神秘的静寂をつくるのだ。
ウユニ塩湖は南北100キロ、東西約250キロにわたる。空と塩しかなく、生き物の気配はない。空を飛ぶ飛行機の音さえ塩が吸収するため、どこからも音が聞こえてこないのだ。  これほどの絶大な静寂を聞くと、まるで耳が「断食」をしているかのように空っぽになっていく。数日も滞在していると、耳が癒され快復し、聴覚が研ぎ澄まされることに気づく。  日頃はテレビやインターネット、道路を走る車や街中でのアナウンス、さまざまな機器から発せられる超音波など無意識のうちにあまりに多くの音を聞かされて暮らしている。それが一切聞こえなくなったときに、人間の日常がいかに音の洪水にさらされているかに気づくことができる。
行く度に泊まる宿がある。湖畔にあり、塩のブロックを切り出して宿の壁や机、椅子、ベッド全部がつくられている。
そして夜、誰もいない湖のほとりに行って、静寂の中で星を見上げる。その星の合間から空気振動を超えた音が聴こえてくるような気がしてならない。
遠い昔にスペインに征服される前、ここにも先住民が暮らしていた。先住民たちはその音を聞き取り、見えない存在と静寂という音楽を通して会話をしていたのではないかと思いを巡らすのだ。

  • 2023年04月05日(水)18時33分
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