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スルメとチーズの戦い。

2カ月ほど前の事です。

羊飼いが売りにやってきたチーズがあまりにも美味しそうだったので、思わず衝動買いをしてしまいました。

翌日はバルセロナでテレビ番組の収録と、1時間以上のラジオ番組2本の収録の予定があったので、遅くならないようにと、早めの夕食を準備していた時のことです。
小腹が空いたので先ほどのチーズを少し頂こうと齧った瞬間、自分の頭蓋骨の内側で、何かが崩れ落ちる石のような音が響き渡りました。
何て固いチーズだろうとはじめは思ったのですが、どうもそれ以外にも何かが口の中にあるような気がして、思わずその「何か」を手に取ってみると・・・・。
それは、我が前歯でした。

昔、ミュンヘンでも一度こんな事がありました。
それは全ての店が閉まった寒い大晦日の晩でした。下宿先の小さな部屋で一人ぼっちでしたが、友達から貰ったスルメを大事に大事に保存していて、今日こそは食べるに値する日だと、バイト代を奮発して当時は入手困難だった日本酒まで買い、そのスルメをガブッと齧った瞬間・・。
私の前歯はスルメに負けたのでした。

乾いたスルメの吸盤と共に崩れ落ちた我歯を見て、その時は一巻の終わりと血の気が足元まで引くほどのショックで、当然歯医者などはどこも開いているわけもなく、ショックで震えの止まらない手で119番に電話をしたのでした。
更に衝撃的だったのは、前歯が一本無いだけで、ドイツ語がドイツ語じゃなくなるという事でした。
「シュ」とか「チュ」とか「フ」「ヴ」とか、そんな発音ばっかりのドイツ語は前歯があってこそ話せたのだ・・・と、妙にへんな所で感心しながらも何とか救急センターのおじさんに内容を伝えると、
「少女よ。前歯が折れて死んだ人間はいないから、大丈夫であろう」
と、お正月が終わって歯医者が休暇から戻ってくるまで待つようにと言われたものでした。

この度チーズに負けた歯は、かつてスルメに負けた歯の時に入れてもらったドイツの歯なのでした。


血が引く事もなく、手足が震える事もなく、どう見てもこの時間では解決方法がないので、翌日一番に歯医者に行き、その足でマドリッドの飛行場に行こうと冷静に時間を計算している自分に、我ながら年をとったものだとへんに感心したりしたのでした。ただ、この状況は一応マネージャーのヘマちゃんにも伝えておこうと、彼女に電話をしてみると・・・。

ここで本当に驚いた事が起こりました。
前歯の無いドイツ語はドイツ語にならなかったのに、前歯の無いスペイン語はと言うと・・・・
5年近くも暮らして、とうとう発音するコツをつかめなかったアンダルシアのコルドバの方言が、前歯が一本ないだけで本格的に発音ができるではありませんか!


翌日、マネージャーのヘマちゃんのお陰で、私のコンサートにいつも来て下さるという女性の歯医者さんが朝一番に何とかしてあげるわ、と仮歯で応急処置をしてもらい、バルセロナでの収録も無事に何とか事なきを得たのでした。

恐るべしスルメとチーズです。

  • 2012年04月18日(水)23時50分
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