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アマゾンで透明になること。

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ボリビアの続きです。
10年前に見たアマゾン川をもう一度旅してみたくて、再びアマゾン地方に行って来ました。

船に宿泊しながら数日かけて川を下ったのですが、毎瞬が目の前に広がる自然の美しさに自分自身の存在すら忘れてしまうような瞬間の連続でした。

空一杯に真っ黒な雲が立ちこめたと思うと、鼓膜が音圧で吹き飛びそうな雷が鳴り響き、数メートル先の水面が霞んで見えなくなる程の猛烈な雨が降る。先ほどまでは水面まで顔を出していた川イルカたちも身を潜めて、川の中で沢山の生き物たちと一緒にジッと雨が止むのを待っているような沈黙の世界。
雨が止むと、黒、緑、白、様々な大きさと色を持った鳥たちが一斉に鳴き声をあげて飛び始める。
低い雲から生えた虹がそのまま川に突き刺さったように掛かり、その手前を川イルカ達が顔をあげて水を吹きながら泳ぎ始める。

夜は夜で美しい。空に煌めく星々と、ジャングルの中を飛びまわる蛍の光の境界線がよく見えなくて、目の前に広がるのはまるで光の粒の舞。時々、原住民が夜漁の為に灯す松明がまぶしく通り過ぎて行く。
懐中電灯で水面を照らすと、昼間は隠れて姿を見せないワニ達がウジャウジャと居て、水面から目だけを出して獲物を待っている。
その目の幅をみてワニのサイズが分ると原住民に教えてもらったが、ピンポン玉くらいの目玉2つと目が合った時にはさすがにぞっとした。6メートルはあるワニなのだと言う。

朝、その日の食料調達の為に牛肉で仕掛けた釣り糸をたらすと、2秒くらいでピラニアが食らいつくので、素人の私でも面白いように魚が釣れる。強靭な生命力をもつピラニアたちも、水の無いバケツの中では観念したのかおとなしくしているのだが、船に持ち帰って厨房の流し台に入れると、断末魔のパワーで暴れる。
ハラワタを出されて内蔵が一つも残っていないピラニアに指を齧られたと厨房のおばさんが血まみれの指を見せてくれた。

そんなピラニアがいる川でも原住民達は普通に泳ぎ、川の水を汲み、川で身を清め、川と共に生きている。
怪我をしていたり、生理中でなければ泳いでも全く大丈夫だから、という彼らの言葉を信じて泳いでみたら、その水の優しさと柔らかさに、体が溶けて透明になって行くのではないかと思う程だった。川イルカがすぐに近くまでやって来て一緒に泳ぎ始めた。

文明社会の中で暮らしていると、あまりにも沢山の物事に頭が占領されて、自分と世界の間に大きな鉛でできたような壁が存在しているような気がします。その壁によって自分の心が傷つかないよう守られているという面もあるのかもしれませんが、時々そんな壁を全部取り払って自然に身を任せ、自分自身がその世界にとけ込み透明になって何も考えないという瞬間があるのもいいのではないかと思います。
外の世界は音と情報と映像、そして人との関係から生まれる騒音に溢れていて、鉛の壁に包まれた自分の内側に聞こえるのはあまり参考にはならない未熟な自分の声だけ。
私達はあまりにも孤独すぎるのではないかとさえ思います。

太陽が照らす光に感謝し、星空から多くを教わる。
自分が必要な分だけの水や食料や燃料を感謝して頂き、使用した後はその頂き物を出来るだけ環境に迷惑をかけない形で還す。
共存する様々な動物や自然から自分の命を守りながら生きる為に、出来るだけ身をシンプルにする・・・。

こんな生き方は現代社会では難しいかもしれないけれど、普段自分の頭の中を占めている悩み事や考え事の大半は実はそんなに大きな意味を持たない虚空の怪物のようなものなのではないか。
文明社会に戻った今そう思う今日この頃です。

  • 2015年03月29日(日)21時04分
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